十 地下製鉄所

 右側に90度回転した半円形の石の台座から下りた江岩寺の中村住職は、青木平蔵と石川喜兵衛に向かって、こう聞いた。

 「どうしますか?この先に進む勇気はありますか?」

 「もちろんあります。」

 青木は、こう答えた。そして、石川がこう言った。

 「早く、私たちを白い木の根っこのある場所に連れて行ってください。」

 「それは、この次のステップですよ。まあ、そんなに焦らないで。」

 中村住職は、こう答えると、置かれていた行燈を手に取って、暗闇の中に入って行った。中村住職の後について、青木と石川も暗闇の中に入っていく。そして、中村住職は、行燈を掲げて、3人が暗闇の中に入ったことを確認すると、90度回転した3体の仏像の裏側に飛び出ていた取手を持って、手前に引いた。

 「バタンッ。」

 という音を立てて、3体の仏像をのせた隠し扉は閉まった。そして、中村住職は、3体の仏像の隠し扉の裏側に付けられた行燈に火をともした。あたりが、突然、ほんのり明るくなった。中村住職と青木と石川の3人は、どうやら、3m四方くらいのトンネルの中にいるらしい。

 「これからは、10m位進むごとに足元に行燈がついていますから、持っているこの行燈の火を足元の行燈に点けながら、進んで行きます。」

 そう言って、中村住職は、暗闇の先に進んで行った。中村住職が前に進んで行くごとに、明かりがふっとついて、トンネルの周りを照らしていく。そして、トンネルの壁には、ちょうど人間の目の高さの所に、横一列に、およそ1m間隔で、20cmくらいの大きさの小さな仏像がはめこまれているのが見えた。石川がその仏像を手に取ってみると、どうやら、仏像は、鉄製のようである。そして、青木と石川には、このトンネルが緩やかな下りのトンネルであることが感覚で分かった。粘土という重いものを背負っている青木と石川にとっては、下りのトンネルは、ありがたかった。そして、15分位、トンネルを下って行くと、3人は、10m四方くらいの広い空間にたどり着いた。

 10m四方の広い空間にたどり着くと、中村住職は、その空間の中に置かれてあった全ての行燈に火を点けた。そして、部屋の真ん中に置いてある鉄製の大きな松明に火を点けると、あたりがぱっと明るくなった。松明の火が揺らいでいる所から考えると、どうやら、この空間には、どこかに通気口も開いているらしい。そして、明るくなった広い空間を見渡して、青木と石川は、口々にこう叫んだ。

 「これは、鍛冶場じゃないか。」

 そして、青木は、こう言った。

 「私たちは、武士をやっていたので、これが鍛冶場の設備であることくらいわかります。これは、刀を鍛える槌だ。」

 「鞴(ふいご)もあるぞ。きっと、誰かが、鉄穴流しで集めた砂金をここに持ってきて、鉄を作り、作った鉄で刀を製造していたんだ。それにしても、この設備は、使われなくなってから、かなり経つみたいですよ。」

 石川がこう言うと、中村住職は、こう答えた。

 「そうですね、戦国時代を過ぎたら、この施設は使われなくなったのではないかと、孝三さんが言っていました。」

 そして、3人は、一通り、この空間の中の物に目を通すと、中村住職がこう言った。

 「青木さんと石川さんは、大山廃寺の言い伝えを覚えていますか?平安時代末期に大山寺が比叡山延暦寺とけんかして、比叡山の僧兵が大山寺に押しかけて、山に火を放ち、大山寺は一山残らず、焼き払われた。そして、その時、火の中に飛び込んで行った児法師を祀って、児神社ができた、と言う話です。寛文8年(1668年)に的叟によって書かれた大山廃寺の言い伝えは、児神社が建立された所までしか伝えていませんが、大山廃寺近辺に古くから住んでいる住民に聞くと、大山寺は、鎌倉時代以降、中世にかけてずっと、隆盛を誇っていたというんです。つまり、大山寺は、焼き討ちにあった後に、再興したということなんですけど、それでも、大山寺は、織田信長が活躍する安土桃山時代以降は、衰退して、文字通りの廃寺になってしまうのです。織田信長以降の時の権力者は、再興した大山寺が、地下にこういう施設を造っているということを敏感に察知していたのではないでしょうか。」

 「確かに、徳川幕府は、幕府側以外の人間には、全て、刀を持つことを禁止していましたしね。苗字帯刀を許されたという入鹿六人衆などは、特権階級中の特権階級でしょうね。もし、徳川幕府の時代にこの施設が摘発されていたら、どうなっていたか、わかったものではありませんね。」

 青木がこう言うと、中村住職は、こう言った。

 「もしかしたら、江岩寺の先代住職が、「女坂の西側のエリアにはあまり足を踏み入れないように。」と私に伝えていった理由は、江岩寺が刀を作っていると徳川幕府に勘違いされたくなかったからかもしれません。」

 こう言うと、中村住職は、その空間に入った場所から見て、右側の壁の、人間の目の高さの所に横一列にはめこまれている20cmくらいの大きさの鉄製の仏像を入口から順番に見ていった。その仏像は、大体30cm間隔くらいで壁にはめこまれていたのだが、中村住職は、壁の真ん中あたりにはめこまれてあった、向かって右手を上に上げた仏像を見ると、突然、その仏像を押した。

 「ギッ!」

 という音がして、壁の真ん中が割れ、2m四方の扉が向こう側に開いた。

 「さあ、みなさん、今度は、こっちですよ。」

 中村住職が扉の向こうの暗闇から、青木と石川を手招きした。青木と石川が中村住職のいる方向に向かい、開いた扉から暗闇の中に入って行くと、中村住職は、その壁の裏側についていた取手を握って、押した。そして、扉が閉じて、あたりは再び、中村住職の持っている行燈の光のみとなったが、中村住職は、扉の裏側の右横あたりの足元に置かれてあった行燈に火を点けて、あたりは、ぼっと明るくなった。そして、扉の裏からは、3m四方位のトンネルが下っていた。しかし、そのトンネルの下り方は、ゴロゴロした岩のある所の草むらの中にあった空間からあいていたトンネルよりも更に急勾配に下っていた。そして、トンネルの壁の右側の端には、人間の腰くらいの高さの所に鉄製の鎖がついていて、トンネルの穴に沿って、鎖が下まで続いている。中村住職は、青木と石川の方を向いてこう言った。

 「この鎖を握って下まで下りるという方法もありますが、私は、このトンネルをジグザグに下って行った方が速いと思うんですよ。まあ、青木さんと石川さんは重い粘土を背負われていますから、安全のために、鎖を握って、下まで下りてもいいんですけど。」

 「いや、中村住職が先に下りて行ってしまうと、私たちは、暗くて何も見えなくなるから、安全のために、中村住職も私たちと一緒に鎖を握って、下まで下りていきましょうよ。」

 青木がこう言うと、中村住職は、こう答えた。

 「このトンネルの右側の壁には、鎖の上、人間の目の高さ位の所に、3m間隔くらいで20cmくらいの大きさの石製の仏像がはめこまれていて、仏像のある場所の下、つまり、足元には小さな20cmくらいの行燈がはめこまれていますから、私もその行燈に火を点けながら下りていきますよ。だから、青木さんと石川さんは、私が点けていく行燈の光を頼りに、下まで下りてください。それでは、下で待っています。」

 そして、中村住職は、ジグザグにトンネルを下りていき、すぐに中村住職の姿は見えなくなった。けれども、中村住職が下りて行くたびに、行燈に順番に光が灯っていくので、青木と石川はその光を頼りに、鎖を握りしめて、下まで下りていった。

 「あの住職、武士の私たちよりも、意外にせっかちですね。なんか、背中に背負った粘土が、私の背中を押すようだ。膝と腰をふんばっていかないと。」

 石川が青木の後ろでこうつぶやくと、

 「まあ、私たちも、武士の中では、おっとりとした方だったからな。刀の手入れの時以外では、刀に触れたことすらなかったし。武術の練習は、もっぱら、木刀を使っていたし。戦いとかしたことないから、「僧兵が攻めてきて一山まるごと焼き払われた。」と言われても、余りピンとこない。「何か物語の中の話ですかあ?」みたいな。」

 と、青木もつぶやいた。そして、青木も石川も

 「それにしても、この石の仏像、古そうだなあ。」

 と言いながら、トンネルの両横に、等間隔にはめこまれた石の仏像を鑑賞しつつ、15分ほどトンネルを下って、平坦な場所にたどり着いた。

 そして、それまでは急激な下りであった3m四方のトンネルは、勾配のない平らなトンネルとなり、腰のあたりにあった鎖はなくなって、人間の目の高さ位の所に、3m間隔くらいではめこまれた20cmくらいの大きさの石製の仏像と、足元にはめこまれた小さな20cmくらいの行燈が続いている。そして、青木と石川が仏像を眺めつつ、5分ほど歩くと、やがて、20cmくらいの大きさの石製の仏像の代わりに、150cmくらいの高さの仏像の壁画が見え始めた。壁画の横には、20cmくらいの行燈が置かれている。

 「まず、最初に見える仏像の壁画は、左手に薬壷を持った薬師如来像です。そして、薬師如来像の向かいに見える壁画が釈迦如来像です。また、薬師如来像から3mほど歩くと、頭に宝冠を頂いた阿弥陀如来像が見え、阿弥陀如来像の向かいには、やさしいお顔をした弥勒菩薩像が描かれています。」

 壁画を見ながらそう説明したのは、トンネルの下で待っていた江岩寺の中村住職であった。薬師如来像の背景は白く、黒い輪郭線に茶色い薬壷を持ち、衣装は様々な色で色づけされている壁画である。釈迦如来像は、背景が薄い茶色で、こげ茶色の輪郭線に、青い衣装が印象的だ。阿弥陀如来像は、うすい青色の背景に、黒い輪郭線と色とりどりの宝冠や衣装が目に鮮やかに写る。弥勒菩薩像は、うすい緑色の背景に、赤い輪郭線と茶色い地味な衣装が印象的だ。そして、仏像の壁画を眺めつつ、5分ほど歩いて、3人は、3m四方の大きな石の壁にぶちあたった。そして、その石の壁には、真ん中に2つの30cmくらいの四角い穴が並んで開いている。中村住職は、2つの四角い穴の中に20cmくらいの大きさの行燈をそれぞれ1個ずつ入れた。そして、5分ほど待ち、石の壁を思いっきり押した。すると、

 「ギッ!」

 と言う音と共に、石の壁は、行燈を入れた右側の四角い穴と左側の四角い穴の間の真ん中で割れて、両扉が向こう側に開くように、石の壁は開いた。そして、中村住職は、石の扉から向こう側に入って行った。

 石の扉の向こう側は、行燈の光の照明が次々につきだして、部屋の中は、徐々に明るい空間になっていった。そして、最後に、中村住職が部屋の真ん中に置いてあった松明の明かりに火を点けると、部屋の中は、一気に明るくなった。

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