十一 妻 千鶴の困惑

 「それにしても、汚いわねえ。木の枝やら、雑草やら、何かの種やら、1こ1こ取っていると、いらいらするわ。」

 昭和6年(1931年)10月、小栗鉄次郎が大山廃寺遺跡の中の塔跡に石標柱や石標を設置する仕事を始めた日の翌日の朝早く、愛知県篠岡村(現在の愛知県小牧市)にある大山廃寺跡に向かう夫を見送った後、名古屋市内の自宅にある洗い場に持ち出したたらいと洗濯板と固形せっけんを使って、家族の服を洗いながら、小栗鉄次郎の妻である千鶴は、無性にいらいらしていた。

 千鶴は、20歳になった明治39年(1906年)10月に小栗鉄次郎と結婚して、千鶴の名字は、黒部から小栗になった。結婚は、父親の紹介による見合い結婚だったが、今年で鉄次郎との結婚生活は25年になる。鉄次郎との間にもうけた4人の子供たちも全員、大人になり、気がつけば、千鶴は45歳になっていた。夫の鉄次郎は、50歳になる。

 千鶴は、25年間、夫である小栗鉄次郎と子供たちのために、毎日、食事を作り、洗濯をし、家を掃除してきた。しかし、愛知県篠岡村(現在の愛知県小牧市)にある「大山廃寺」という遺跡で夫の仕事があった翌日の夫の服の洗濯は、いつもこうだ。服にこびりついた雑草や木の枝や何かの種は、水に浸すだけでは落ちない。雑草や何かの種や木の枝は、一つ一つ手で取り除かなければ、いつまでも服に付着している。無数に雑草や何かの種や木の枝がこびりついた服を洗濯するのは、根気のいる作業であった。夫の他の仕事現場での服の汚れと言えば、泥や土が服に付着しているというのが普通だ。しかし、夫の「大山廃寺跡」の仕事は、どうやら、雑草や雑木が生い茂る、開発されていない山の中に入って行く仕事らしい。

 夫の鉄次郎は、千鶴と結婚すると、その翌年には小学校の校長となった。そして、鉄次郎と千鶴は、20年間、勤務先の学校が変わるたびに、転居を繰り返してきた。今から4年前の昭和2年(1927年)7月、夫の小栗鉄次郎は、突然、鬼崎南部尋常高等小学校の校長の職を辞し、愛知県史跡名勝天然記念物調査会主事という仕事に就いた。そして、その仕事は、愛知県内の遺跡や古墳の発掘調査をする仕事だということで、鉄次郎と千鶴は、それまで暮らしていた豊田市挙母町にある内藤子爵別邸から名古屋市昭和区桜山町に転居したのだった。

 以前から、夫の鉄次郎は、小学校の校長先生をする傍ら、様々な遺跡をみつけては、調査をし、石器のかけらや石の鏃などを家に持ち帰ってきて研究するということを趣味としていた。だから、家の中には、夫鉄次郎の持ち帰って来た古い遺物がたくさんある。妻の千鶴にとって、家の掃除をしながら、それらの遺物を眺めることは、それほど嫌いなことではなかった。

 そんな夫が、小学校の校長という仕事を辞めて、遺跡の発掘調査をしたり、その調査の報告書を書いたり、発掘調査によって出土した遺物を研究したりすることを仕事とするようになった。そして、夫が愛知県史跡名勝天然記念物調査会主事になってから2件目の仕事が、愛知県篠岡村(現在の愛知県小牧市)にある「大山廃寺」という遺跡の調査をする仕事だった。夫は、仕事で「大山廃寺跡」の調査をするようになってから、古い瓦を家に持ち帰ってくるようになった。夫が持ち帰ってくる古い瓦は、今まで夫が収集してきた石器のかけらや石の鏃とは明らかに違う。夫が言うには、その瓦は、「大山寺」という古代山岳寺院の瓦であるということだが、その瓦は、白っぽくて、とても重厚なもので、瓦に刻まれた模様は、唐草模様や蓮の花をかたどった蓮華模様など、とてもエキゾチックなものであった。大山廃寺跡から夫が持ち帰って来たこれらの古代瓦を眺めていると、妻の千鶴は、行ったことはないのだが、中国のシルクロードを旅しているような気分になるのだった。

 「しかし、大山廃寺跡の仕事の翌日の洗濯はいやだ。」

 千鶴は、やっと、夫の仕事服から全ての雑草や種や木の枝を取り除いて、服を物干しに干しながら考えた。

 「あの素敵な古代瓦は、こんなに開発されていない山の中から見つかったのか。篠岡村にある「大山廃寺跡」とは、どのような所なんだろう。夫の机の上に大山廃寺までの行き方を書いたメモがおいてあったな。今日は、天気もいいし、今から、大山廃寺跡まで行ってみようか。でも、夫に見つかったら、少しいやだな。変装して、夫にばれないように見に行ってみるか。」

 子供たちが皆大きくなって、千鶴の手を離れた今、名古屋市内に住む千鶴には、昼間、急いで篠岡村にある大山寺跡まで行き、少しの時間だけ現地を見て、急いで帰ってくる余裕があったのだった。

 洗濯を終えた千鶴は、洗濯をするときに着る着物で、大山廃寺跡まで行くことにした。千鶴は、汚れても目立たない灰色の地に紺色の縦縞の入った着物を着て、わらじをはき、手ぬぐいを頭に巻いて、顔を目立たなくし、薪を積む背負い子を背負って、家を出た。夫の机の上においてあったメモには、次のように書かれてあった。

 「家から名古屋駅まで行き、名古屋駅から中央線に乗って高蔵寺駅まで行き、高蔵寺駅からバスで、坂下という所まで行く。坂下からタクシーで児神社の麓まで行けば、あとは、山道を歩いて20分ほどで、児神社にたどりつく。」

 朝10時に家を出た千鶴がタクシーで児神社の麓に着いたのは、正午頃であった。児神社の麓でタクシーを下りた千鶴は、タクシーの運転手に、2時頃にまた、児神社の麓に迎えに来てもらうように頼んだ。そして、夫の机の上に置かれていたメモ通りに、児神社麓の田園地帯から山に延びる一本道に向かった。麓から前にそびえる山に向かう一本道は、車が1台くらい通れるほどの登り道である。10分ほど登ると、狭い平坦地があり、山と山に囲まれた谷間の平坦地の中に江岩寺は建っていた。

 「山に登る一本道をたどって江岩寺に着くと、左手に小さな赤い橋が見える。その小さな橋を越えると、女坂という石畳の坂がある。女坂を10分ほど登ると児神社に到着する。」

 夫の机の上に置かれていたメモ通りに、千鶴は、女坂を登って行った。

 千鶴は女坂を登りながら、自分の左右に、杉やヒノキなどの雑木が生い茂っているのを見た。しかし、初めて女坂を登る千鶴には、女坂の左右にある、昔、人が鋤いたと考えられる無数の平地を見つける余裕はない。意外と急な坂で、鉄次郎と結婚してから25年、今年で45歳になる千鶴は、息を切らして、女坂を登って行った。ただ、鳥がさえずる声だけが千鶴の背中を押していた。

 千鶴が児神社に到着すると、意外に多くの人々が、児神社の左横側から山の中に出たり入ったりしているのが見えた。そして、忙しそうに、山の中に出たり入ったりしている夫の小栗鉄次郎の姿を発見すると、千鶴は、夫に見つからないように顔をそむけた。そして、登って来た側から見ると、児神社境内の左側隅にあった、高さ60cmくらいで、畳2枚分くらいの大きさの、半分崩れかけた古墳のような、小さい山のような物の影に隠れて座った。

 「ここらへんで、お昼にするか。」

 千鶴は、半分崩れかけた古墳のような小さい山に背中をつけて、持ってきたおにぎりをほおばった。秋の晴れた青空のもとで、鳥のさえずりを聞きながら、食べるおにぎりは、おいしかった。

 「あの仕事の人たちが、静かにしてくれたら、もっと、いいのに。」

 そう、思いながら、千鶴が2個目のおにぎりをほおばっていたとき、目の前に、突然、30代くらいの二人の男がしゃがんで、声をかけてきた。

 「ちょっと、聞きたいことがあるんだけど、よろしいですか?」

 一人は、黒いズボンに白いシャツ、青い細いネクタイに黒いベストを着て、丸いメガネをかけ、グレーの山高帽子をかぶっていた。もう一人は、茶色いズボンに白いシャツ、からし色の細いネクタイを締め、茶色いベストを着て、白いカンカン帽子をかぶっていた。茶色いベストを着た男が千鶴にこう尋ねた。

 「さっき、あなたが児神社の麓で、僕たちが乗ったタクシーの前を走っていたタクシーから降りるのを見ましたが、珍しいですね。背負い子を背負った女性がタクシーに乗ってくるなんて。」

 千鶴は、ここで、慌てるそぶりを見せたらいけないと思い、努めて、平常心でいるように装って、こう答えた。

 「私は、坂下のバス停の近くに住んでいる者ですが、この山の中には、いつも、私が薪と松茸を拾うことができる場所があるのです。今日も、薪と松茸を拾うために来たのですが、私、最近、足を怪我しましてね。いつもなら、坂下から歩きでここまで来るんですけど、今日は、長い距離を歩くことが少しえらいんですわ。だから、坂下のバス停から、タクシーで、麓まで送ってもらった、というわけなんです。」

 千鶴がこう答えると、丸いメガネをかけた方の男が黒い手帳を千鶴に見せながら、こう言った。

 「私たちは、愛知県警察特別高等課の者だが、あなた、私の視線の先にいる紺色のネクタイと茶色いベストと茶色いスラックスをはいたあの男の知り合いなのではないですか?」

 千鶴は、座ったまま振り返って、もたれていた半分崩れかけた古墳のような小さい山越しに、黒い手帳を持った男の視線の先にいる小栗鉄次郎の姿を確認した。

 「さあ、初めて見る顔ですけど。こんな山の中で仕事をしている割には、いい服を着て仕事をされてますね。もっと、汚れてもいい服装で仕事をすればいいのに。」

 千鶴がこう答えると、黒い手帳を持った男は、がっかりした様子で、こう言った。

 「そうですか。あの男のことをもっと知ることができると期待していたのに、がっかりです。私は、愛知県警察特別高等課の渡辺周五郎と言う者で、こちらの者は、同じく愛知県警察特別高等課の中村佐吉と言います。もし、後から、あの男のことを思い出した等、何かあの男の情報がありましたら、遠慮なく、愛知県警察特別高等課の渡辺か中村まで、御一報をお願いします。

 なお、あの男は、小栗鉄次郎と言って、愛知県の史跡名勝天然記念物調査会主事という仕事をしている男です。先日、東京にある警視庁の特別高等課から連絡があり、警視庁の特別高等課がマークしている喜田貞吉という歴史学の博士と小栗鉄次郎は、かなり親しそうに東京の酒場で話しこんでいる姿を目撃されています。なお、喜田貞吉という博士は、誤った歴史を子供たちの教科書に載せているということで、軍部や右翼からも目を付けられている人物です。」

 こう言うと、二人の男は、千鶴の前から離れていった。千鶴は、千鶴の前にいた二人の男たちの背中に向かって、こう謝った。

 「松茸の場所をお教えすることができなくて、本当に申し訳ございませんでした。」

 二人の男は、「ああ、もういいから。」といった感じで、千鶴に向かって、あっちにいけと言わんばかりに、手のひらを上下に何回か振った。

 「あ、もうこんな時間だ。早く麓に戻らないと、タクシーが迎えに来るわ。もう少しここら辺を散策してみたかったのに、あの二人の男のおかげで、時間がなくなってしまった。」

 千鶴は、急いで女坂を下りて行った。そして、女坂を下りながら、千鶴の頭の中には、二人の男が言った言葉がぐるぐる回っていた。その時、千鶴は、突然、千鶴が下りている女坂の左右の木々の向こうに、人が鋤いたような平地が無数にあることに気がついた。千鶴は、何となく、入ってみたくなって、木々の向こうに見える少し広い平地の中に、飛び込んで行った。千鶴の後を歩いていた愛知県警察特別高等課の渡辺と中村は、そんな千鶴を見て、「ああ、あそこに松茸が生えているのか。」と思った。

 千鶴が飛び込んだ平地は、女坂に面して、足がかけられるような段が一段あり、その段の一部の土がはがれて、遺跡の基壇のような積み石が3段ほど見えて、その上に高い雑木が生い茂っているという場所だった。そして、女坂から、積み石が見える段に左足をかけて、千鶴は、段を登るように、木々の向こうに見える平地の中に飛び込んだ。千鶴が入り込んだその平地は、畳2畳ほどの広さの土の空間があり、右手には、畳2畳ほどの、竹藪と言うには余りにも整い過ぎた竹林が見える。女坂の左右には雑木が生えているせいか、この竹林は、女坂からは見えなくなっていた。もしかしたら、遠い昔、この竹藪は、人が管理していたのではないかと千鶴は考えた。そして、畳2畳ほどの土の空間の向こうには、土の空間と竹林を合わせた広さの草むらが、上からの太陽に照らされて、8畳分くらい広がっていた。土の空間と竹林は、女坂に面している箇所に生えた雑木の向こうにあるおかげで、薄暗い空間だったが、その向こうに広がる草むらは、まるで、家の中に照明が灯っているかのように明るい空間だった。

 千鶴は、その平地の土の空間に座って、少し物思いにふけった。千鶴は、この平地の草むらの中を発掘調査すれば、また、何か古い物が出てくるような気がしていた。それにしても、喜田貞吉博士と親しく話をしていたというだけで、夫が警察からマークされるなんて、夫は、よほど、誰かの恨みを買うようなことをしたのだろうか。夫が今日、帰宅したら、このことを思い切って夫に話して、聞いてみようと決心した千鶴であった。愛知県警察特別高等課の渡辺と中村が、「私たちは、松茸には興味がない。」と言わんばかりに通りすぎた後、再び、女坂に戻った千鶴が急いで、麓まで下りると、タクシーの運転手は、車の外に出て、千鶴が来る方面をじっと見ていた。千鶴は、「遅くなってすみません。」と、運転手に向かって、軽く会釈をし、待っているタクシーに乗り込んだ。

 千鶴が篠岡村にある大山廃寺跡から名古屋市の自宅に戻った時間は、夕方5時を過ぎていた。しかし、夫である小栗鉄次郎は、まだ、帰宅していなかった。千鶴は、服を着替える暇もなく、急いで、近くの市場に買い物に出かけた。今日は、夫の好きなサトイモとイカの煮物とアジの開きと小松菜としいたけの胡麻和えとしじみのみそ汁にしようということで、材料を仕入れた千鶴が夕食を作り終えたのは、夜7時くらいだった。夕食ができてから30分後くらいに、夫の鉄次郎が、篠岡村にある大山廃寺跡から自宅に帰ってきた。

 鉄次郎は、帰宅して、浴衣に着替えると、疲れたような様子で丸い食卓の前に座り、日本酒を飲みながら、鉄次郎が好きなサトイモとイカの煮物から食べ始めた。昭和初期の時代、夫が食事をしている間、妻は、夫と一緒に食事を取らず、夫が食事を食べ終えてから、妻は自分ひとりで食べるという家庭も多かったのだが、小栗鉄次郎と千鶴の家庭は、夫婦一緒に食事を食べるという、当時としては、なかなか進んだ家庭だった。鉄次郎がお酒を飲みながら食事を食べ始めると、丸い食卓で、向かい合ってご飯とおかずを食べていた千鶴は、

 「あのう・・・」

 と、鉄次郎に話しかけた。鉄次郎は、食べながら、

 「何だ。」

 と答えた。

 「今日、実は、私、朝、家を出て、篠岡村にある大山廃寺跡に行ってみたのですが。」

 「はあ?」

 千鶴の思いがけない話に、鉄次郎は、「何言ってんだ、こいつ。」と言わんばかりに、聞き返した。千鶴は、夫のこの言葉にもめげず、話し始めた。

 「私、お昼12時半位に児神社に着いて、児神社境内にあった壊れかけた古墳のような小さい丘の陰に座って、持ってきたおにぎりを食べていたんです。すると、昼の1時頃だったかしら、30代くらいの男性2人が黒い手帳を持って、私の前にしゃがみこんできて、「私たちは、愛知県警察特別高等課の渡辺と中村と言う者だが、あそこにいる小栗鉄次郎という名の男のことを何か知っているか?」と、私に聞いてくるんです。私は、「さあ、初めて見る顔ですけど。」と2人の男に答えると、その2人の男は、「あの男は、小栗鉄次郎という名前で、愛知県の史跡名勝天然記念物調査会主事という仕事をしている男だ。先日、東京にある警視庁の特別高等課から連絡があり、警視庁の特別高等課がマークしている喜田貞吉という歴史学の博士と小栗鉄次郎は、かなり親しそうに東京の酒場で話しこんでいる姿を目撃されている。なお、喜田貞吉という博士は、誤った歴史を子供たちの教科書に載せているということで、軍部や右翼からも目を付けられている人物です。」と私に説明するのです。

 あなたは、仕事をすることで手いっぱいで、あなたの仕事場に特別高等警察官が来て、あなたを見ていることなど気がついていないようなので、私は、今、このような話をあなたにしているのです。それと、もし、あなたが、特別高等警察官の監視を受けるようなことをしているのなら、正直に私に話してください。私は、いつでも、あなたの味方です。特別高等警察官は、普通の警察官とは違う人たちだという噂は聞いています。そして、軍部や右翼の人たちは、中国で戦争を起こしている人たちなのでしょう?」

 「私は、ただ、事実を知らせているだけだ。それは、喜田博士も同じだ。」

 鉄次郎は、お猪口で日本酒を飲みながら、静かな口調で千鶴に答えた。そして、食事をする手を休めることなく、千鶴にこう言った。

 「私は、天皇制を変革することを主張している共産主義者ではない。しかし、それでも、特別高等警察が私を取り締まりの対象者としているならば、その理由は、喜田博士と親しいからという理由だけではあるまい。喜田博士も天皇制を変革することを主張している共産主義者ではない。

 しかし、私と喜田博士に共通していることは、今から12年前にできた「史蹟名勝天然記念物保存法」という新しい法律を一生懸命守ろうとしているということだ。

 今から1ヶ月くらい前に、中国で、関東軍や陸軍幹部の者たちが中国の軍隊に対して、攻撃を開始したことは、新聞で見ただろう?軍部のこの行為は、「史蹟名勝天然記念物保存法」という新しい法律とは、真逆の発想から生まれる行為なのだ。そして、この間私たちの給料が減俸になったが、もし、12年前にできた「史蹟名勝天然記念物保存法」という新しい法律が軍部の手によって潰されてしまったら、私の仕事もなくなってしまう。そして、問題なのは、この国に住む多くの人々が、「史蹟名勝天然記念物保存法」という新しい法律には無関心だということなのだ。あ、お酒がなくなった。」

 鉄次郎は、徳利に入った日本酒がなくなったので、もう1本お酒を持ってきてくれと千鶴にせがんだ。千鶴は、

 「あなたが、特別高等警察の取り締まりを受けるようなことをしていないと聞いて、安心しました。」

 と答えながら、空の徳利を千鶴の横に置かれていたお盆に載せて立ちあがり、台所に消えていった。そして、千鶴は、5分ほどしてから、新しいお酒が入った徳利をお盆にのせて、鉄次郎の座っている食卓に現れた。千鶴が新しいお酒が入った徳利を鉄次郎の前に置いて、再びご飯とおかずを食べ始めると、今度は、鉄次郎が立ち上がって、台所にある食器棚からお猪口を持ってきて、食卓に戻ってきた。そして、千鶴に、お猪口を渡して、「お前も少し飲め。」と言った。千鶴は、鉄次郎に酒を注いでもらって、お酒を一口飲んだ。鉄次郎は、続けて千鶴にこう言った。

 「12年前にできた「史蹟名勝天然記念物保存法」という新しい法律を守るために、「史蹟名勝天然記念物保存法」を作った東京の先生方は、史蹟や名勝や天然記念物の保存に対して無理解な者たちについては、対決する姿勢を見せていない。むしろ、彼ら無理解な者の意見を聞き、その意見を取り入れつつ、少しでも多くの史蹟や名勝や天然記念物が保存されるように頭を使っている。「史蹟名勝天然記念物保存法」を作った東京の先生方にとっては、史蹟や名勝や天然記念物の保存に対して無理解な者たちよりも、無関心な者たちの方が恐ろしいと思っているのだ。

 今の愛知県史跡名勝天然記念物調査会の課題は、史蹟や名勝や天然記念物の保存に対して無関心な者に、どうしたら、目を向けてもらえるのか、ということだ。そのために、私は、ラジオに出演したり、考古学雑誌に投稿したりしているのだ。

 だから、私は、私や喜田博士に関心を示している右翼や軍部や特別高等警察の者たちには、あえて、対決姿勢を示さない。むしろ、私や喜田博士を通じて、右翼や軍部や特別警察の者たちに史蹟や名勝や天然記念物の保存の重要性が伝わればいいと思っている。

 千鶴は、もし、今後、右翼や軍部や特別高等警察の者たちに会うことがあれば、今まで通り、千鶴の考えるように普通に接してもらえればよい。彼らは、私たちの敵でも何でもない。むしろ、私たちに関心を示しているありがたい人々なのだ。」

 鉄次郎がこう言うと、千鶴は、お酒を飲みながら、「わかりました。」と言った。そして、おかずとお酒がなくなると、鉄次郎は立ちあがって、こう言った。

 「さあ、明日も早く起きなければ。大山廃寺跡で私を見ている特別高等警察の者たちが、大山廃寺跡の保存の重要性を理解できるようにしなければ。」

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