
(ペイントで書き込んだ東海三県の地図は、「スーパーマップル東海三県道路地図」(昭文社 2000年7月発行)の見開きのページにある「東海主要部索引図」を使用した。)
このページでは、上の図の中に青い丸や赤い丸で書き込んだ、東海湖のほとりにある、かっぱ伝説や星にまつわる神社・仏閣・構造物などを紹介していきます。
1.東海湖のほとりの姿であるかっぱの横顔首の前の部分からあごにかけて
このホームページ管理人は、東海湖のほとりの姿であるかっぱの横顔首の前の部分からあごにかけての個所が、かっぱ伝説や星にまつわる神社・仏閣・構造物などが最も多く分布していると考えている。(このホームページ管理人が調べた範囲の中では)従って、東海湖の姿であるかっぱの横顔首の前の部分からあごにかけての東海湖のほとりが、東海湖を造ったかっぱたちの人口密集地域の1つであったのではないかとこのホームページ管理人は考える。そして、東海湖を造ったかっぱたちの首都は、東海湖の中にある島の真ん中部分であるとこのホームページ管理人は考えている。(この場所に近世以前、中島郡という郡があった。2025年現在の愛知県一宮市から愛知県稲沢市にかけての場所である。)
★愛知県瀬戸市北部地域(愛知県瀬戸市北部を流れる水野川より北側)
(静岡県賀茂郡河津町谷津256(伊豆半島)にあるかっぱの寺栖足寺で、寺に伝わるかっぱの壺は、愛知県瀬戸市祖母懐町で焼かれた古瀬戸祖母懐茶壷である。)
(多治見市に伝わるかっぱ伝説と多治見市のマスコットキャラクターは、うながっぱ)
<4-い>古井の天狗山(岐阜県美濃加茂市森山町3丁目5-57)
このホームページ管理人は、琵琶湖は、東海湖かっぱの子供(赤ちゃん)の姿であると考える。今から約300万年前は、琵琶湖は、東海湖のかっぱの首の後ろ部分から背中にかけての部分に密着していたのではないかとこのホームページ管理人は考える。つまり、東海湖かっぱは、琵琶湖という赤ちゃんかっぱを背負った親かっぱだったのではないかとこのホームページ管理人は考える。その後、今から約100万年前には、伊吹山地や養老山地や鈴鹿山脈が隆起して、琵琶湖という赤ちゃんかっぱは、東海湖という親かっぱと引き離された、と、このホームページ管理人は考える。今から約100万年前から隆起し始めた養老山地は、2025年現在になっても、隆起を続けている。
三重県亀山市にある歴史博物館は、貝細工のかっぱの像を所蔵している。
<11-い>宇宙山乾坤院(愛知県知多郡東浦町大字緒川字沙弥田4)
(滋賀県の琵琶湖と京都の間を流れる安曇川流域にかっぱ伝説のある神社が7社ある。)